私を救ってくれた!ニャン君

ご訪問ありがとうございます

こちら、以前主人が造った玄関ホールからDKへ入る建具
(以前紹介したものコチラ

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何でしょう・・・
何か見えますが・・・

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あ!でてきた
『おかえり』

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大丈夫?

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おっと!

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・・・・・・

別に外に出ていた訳ではなく・・・玄関土間や2階の子ども部屋(北側)から戻ってくる光景・・・

ニャン君!来月で15歳になります!
15年前の9月の連休、当時『立川亭』にいた頃ニャン君を拾いました。

連休は台風で大荒れ!
初日の夜、主人が『子猫が鳴いてる』と・・・
『あっホントだ』と私
『この嵐じゃ無理だろ・・・』(主人)

次の夜も大荒れ!
『まだ鳴いてる』(主人)
『あっホントだ』(私)
『もう無理だろ・・・』(主人)

そして次の夜、嵐も治まり・・・
『まだ鳴いてるよ!もうダメだ・・・行こう』(主人)
『わかった』(私)

『立川亭』は少し高台にあり、すぐ下の方に公園がありました・・・多分そこにいるのでしょう!
行く途中『すっごくかわいいネコだったらどうする?』と主人

公園に着くと大きなワンちゃんを連れた女の人が子猫のところにいました。
私たちを見るとその人は近づいてきて、自分は既に何匹か捨て猫を飼っていて犬もいるから、もし大丈夫ならこの猫を連れて行ってあげて!と言うようなことを言われたと思います・・・

そんな話をしている時、その子猫は私たちの方へミャーミャー鳴きながら近づいてきました・・・
すっごいブス顔で・・・みすぼらしく・・・
まったくかわいいネコではありませんでした・・・

取りあえず、断ることも出来ず家に連れて帰り、主人がお風呂場で洗ってあげました。
私はそれまで動物は一度も飼ったとこなかったのですが、主人は捨て犬を拾い実家で飼っていましたから、猫は初めてでも扱いは慣れていました。

お風呂で洗うと骨と皮でさらにみすぼらしい子猫でしたが、私は『名前どうする?』と主人に聞くと、『元気になったら野に放すからにゃん太でいいよ!』と・・・
結局その後野に放すどころか、ニャンに振り回されることに・・・
(もっとちゃんとした名前にすればよかったと後悔・・・)

生後2週間くらいだったニャン君の為に粉ミルクを用意し、哺乳瓶で飲ませる・・・にゃんママ業が始まりました~

実は当時、半年ほど前に私は流産をしていました。
妊娠が分かった時は、ちょうど実姉と義妹と三人同時の妊娠!
しかし私だけ11週で流産・・・
初期の染色体異常によるもの
実姉も第一子の時切迫流産、切迫早産を経験し、それでも元気に甥っ子を産んでいました。
なので最初に出血があった時もまさか流産するなんて思いもよりませんでした。
たぶん実家近くの総合病院へ行ったときにはもうダメだったのだと思いますが、何も説明されずに実家に戻され、痛みが強くなって再度診察しに行った時も何も説明されることなく、ベッドが空いていないから母子同室の部屋へ入院!
(流産では入院する必要ないのかもしれませんが・・・まだ大丈夫なのか?もうダメなのか?何も説明されなかったので、希望は捨てていませんでした)
入院中、同室の生まれたばかりの赤ちゃんに会いにくる楽しそうな声に耳を塞ぎながら、激しい痛みに『もうダメなんだ・・・』と感じました・・・
そして痛みが治まると、病院のトイレで大量の出血・・・血まみれでナースコールを呼びましたが、誰も来ず・・・
トイレの窓からぼーっと外を眺めていたこと、15年経っても忘れません・・・

流産のショックが薄れてきた頃、私と同時期に妊娠していた実姉と義妹は次々と元気な赤ちゃんを産んでいきました。
たぶんニャン君がいなかったら、祝う事などできなかったかもしれません・・・

目ヤニや鼻水が酷く、動物病院から目薬をもらい甲斐甲斐しく看病し、ミルクを飲ませ、日に日にやんちゃになるニャンに振り回されることで、私は救われました・・・

だからニャン君は我が家の長男!
その後元気に産まれ育っている娘たちもちゃんと知ってます!
ニャン君はお兄ちゃんって(*^_^*)

もう人間で言えば76歳くらいでしょうか・・・だいぶ体が重そうになってきたようですが・・・
まだまだ長生きしてもらわないと!

(=^・^=)