この日が「今生きていることへの感謝」の日

昨日で東日本大震災から4年が経ちました。

ご冥福をお祈りすると共に、一人でも多くの被災者の方が、今を前向きに生きられるよう 願っております。

昨夜は、毎年恒例になりつつある、あの日のことを家族で話しました。

家族4人バラバラな場所にいたあの日・・・

長女は小学校、次女は保育園、午前中まで会議で一緒にいた主人と私も、午後主人は現場へ、私は自宅で仕事をしていました。

地響きと共に揺れ始め、すぐに私は主人に電話をしたけど、すでに繋がらず・・・

とにかく一番心配な場所にいたのが主人だったのです。

今では笑い話ですが、上棟を終えたばかりの現場で、大工さんと二人で、剥き出しの梁の上で波乗り状態だったと・・・

本当に、無事でよかったです。

主人の中でも、一番心配だったのは築40年のボロ屋に居た私だったようで・・・(^_^;)

様子を見ながら、現場から自宅へ来てくれました。

しかし、少しずつリフォームしていたことが功を奏したのか、地盤がよかったのか、1階は玄関のヘルメットと当時飾っていた竹の墨が落ちたくらいで、LDKのものは何一つ、食器など、扉もつけていないのに、落ちて割れることはなかったです。

それから二人で、子どもたちを迎えにいきました。

実際は小学校側の判断で集団下校させていて、長女とは家を出てすぐに会い、開口一番「ママ!トイレ行きたい!」だって・・・

仕方なく、次女のお迎えは主人に頼み、長女と帰りました。

次女の話も、今では笑い話ですが、

主人と会い、帰ってくるまで普通に園でのことを話していたのに、家に入り私の顔を見るなり「ママ~こわかった~」と大泣き!

この涙で、家族全員無事であることへの安堵感が染み渡りました。

あれから4年

被災者の方の様々なお話が紹介される中、もし、自分たちが大きな災害にあったら・・・を話し合う日となりました。

主人が長女に、「もし目の前でママが動けず、自分ではどうしようもなく、そこにいたら自分も危険だったらどうする?」と質問すると・・・

長女は「誰か助けを呼びにいくか・・・う~ん・・・」と、難しいね!

これは良いチャンスと思い、私は言いました「ママのことはどうでもいいから、まず自分が生きる為の最善の努力をしなさい」

「ママはもう十分生きてるから、でもあなたたちには未来がある!絶対生きて!生きることをまず考えて」

そう言ったら、次女が「やだ!うっちゃんママとしぬ~」としがみついてきました・・・

まだ次女には難しいし、今ここで答えを求めているわけではないけど、危機的状況になると、私自身パニックに落ちてしまい恐怖心からまともな言葉はでないかもしれない!

だから、こういう時に気持ちを伝え、心の片隅に刻んでくれたらそれだけでいいな・・・と思います。

私が子どもたちに望むこと

それは、「生きる力を身につけて欲しい」

その為に、私ができることは、家の空気環境を整える努力と

今の限られた暮らしの中で、たくさん工夫を楽しむ姿を見せること

そして、家族が今、元気に生きていることへの感謝の気持ちを大切に・・・笑顔で会話すること

昨夜も話題が尽きませんでした。

この震災で、私はたくさんのことを学びました。

その学んだことを、活かしていくことが、私のできる支援だと思っています。

おととい、宮城の義母からお野菜や海苔などが送られて来ました。

その中に、わさびの花が入っていて、「珍しいから入れたの!水に挿して楽しんで」とのことでした。(写真)

当時、宮城蔵王に住む義父母とは、1週間以上連絡が取れませんでしたが、

大きな被害もなく無事でいてくれたことに感謝です。